大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和29年(ワ)11681号 判決

原告 馬淵新一

被告 大倉製鋼株式会社 外一名

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、請求の趣旨として、被告栗原太郎が被告大倉製鋼株式会社の取締役たることを解任する、訴訟費用は被告等の負担とする、との判決を求め、その請求原因として陳述した大要は次のとおりである。

一、被告大倉製鋼株式会社は昭和十四年七月二十五日設立せられた、鉱業、鉄鋼及び鋳物類の製造販売等を為すを主たる目的とする、発行済株式の総数十六万株(一株の額面金額五十円)の株式会社である。

二、原告は本訴を提記した昭和二十九年十二月二十日の六ケ月以前から引続き被告会社の発行済株式の総数の百分の三以上に当る株式一万三千七百株を有する株主である。

三、被告栗原太郎は昭和二十六年三月被告会社の取締役に選任せられ、爾来被告会社の運営の実権を掌握していたものである。

四、被告栗原太郎は被告会社の取締役としての職務の遂行に関し、後段に述べるような不正、不法の行為を為した。

よつて、原告は昭和二十九年七月二日被告会社の当時の代表取締役であつた訴外藤中重三に対し、書面をもつて被告栗原太郎を解任すること等を会議の目的とする被告会社の株総主会の招集を請求したが、右請求を為した後二週間をはるかに経過しても総会招集の通知が発せられなかつたので、原告は東京地方裁判所に対し被告会社の株主総会招集の許可申請を為し(同庁昭和二十九年(ヒ)第一三四号)、同年九月十三日、「取締役全員解任の件、並に、右解任に伴う後任取締役選任の件」を決議するため被告会社の株主総会を招集することを許可する、との決定を得た。そこで、原告は少数株主権者として、右決定に基き、

(イ)  同年九月十八日総会招集の通知を発し、同年十月十二日午後一時東京都中央区日本橋室町三丁目一番地協和会館一号室において被告会社の臨時株主総会を開催せんとしたが、招集手続の不備のため通知漏れの株主があつて適法に総会を開催することができなかつたので、そのとき参集した株主の諒解を得て総会は不成立として流会とし、

(ロ)  同年十一月六日今度は株主全員に対して総会招集の通知を発し同年十一月二十二日午後一時前記場所において改めて被告会社の臨時株主総会を開催せんとしたが、そのとき出席した株主は十二名、その株式総数四万五千二百五十五株に止まり法定の定足数に達しなかつたので、再び総会は不成立として流会せざるを得なかつた。

五、ところが、被告会社は同年十一月二十一日原告とは無関係に独自の立場から被告会社本社において定時株主総会を開催した。同総会における第三号議案は「株主馬淵新一氏(原告)の招集に係る臨時株主総会に関する経過其の他会社の現況報告の件」というのであつた。よつて原告は右議案が上程されたとき発言を求め、原告が少数株主権を行使して臨時株主総会を招集した事情を説明した。これに対し少数の原告側の株主以外の多数株主は「わかつた」「わかつた」と連呼し「会社のためなど言つても誰もついて行かぬ」等と発言し、多数株主は反対の態度(否決)を明示した。しかして原告は更に、右議案に関連して、緊急動議として、「取締役全員(被告栗原太郎を含む)解任の件、並に、右解任に伴う後任取締役選任の件」を議題として上程し決議することを求めた。しかるに議長たる被告会社の代表取締役であつた訴外藤中重三は間髪を入れず散会を宣したため、右緊急動議はその採択にすら至らずに総会は終了した。

右の経過で明かなように、同年十一月二十一日の定時株主総会において、被告栗原太郎その他被告会社の取締役全員を解任することにつき、形式上同総会の議題となつたことはなく、従つて、それを明示的に否決した総会決議は存在しない。しかし、原告は次のごとき理由から、右定時株主総会において、少くとも被告栗原太郎を解任することが否決されたものと主張する。即ち、

(イ)  右定時株主総会の第三号議案は、前述のごとく、「株主馬淵新一氏(原告)の招集に係る臨時株主総会に関する経過其の他会社の現況報告の件」というのである。その前段は表現やゝ適切を欠くが、その意味するところは原告が少数株主権を行使して被告栗原太郎その他取締役全員を解任せんとした「取締役全員解任の件、並に、右解任に伴う後任取締役選任の件」を議題として審議しようとするにあつたことは被告会社の全株主に全く明瞭なことであつた。というのは、原告が前述の如く少数株主権を行使して臨時株主総会を招集するに際し、右事項を被告会社の全株主に漏れなく通知しているからである。従つて、右第三号議案が各株主に通知せられたことは即ち被告栗原太郎その他取締役全員を解任する旨の議案が通知せられたことであり、右第三号議案の上程は即ち解任の議案の上程であり、且つ、右第三号議案についての原告の説明に対し、前述の如く、多数株主が反対の態度(否決)を表明したことは即ち解任の議案を否決したものというべきである。

(ロ)  のみならず、右第三号議案についての原告の説明に対し、多数株主が反対の態度を表明したこと自体だけでも被告栗原太郎その他取締役全員を解任する議案を否決したものといい得る。

(ハ)  更に、原告が右第三号議案について説明を為した後、前述の如く、被告栗原太郎その他取締役全員の解任を求める緊急動議を提出したのに対し、議長はその職責を濫用して間髪を入れず散会を宣してその決議の為されることを妨害した。仮に前項(イ)、(ロ)で述べた事実がいずれも独立した理由にならないとしても、(イ)、(ロ)、の各事実と右事実とを合せて明かな同年十一月二十一日の定時株主総会の経過に徴すると、同総会において、少くとも被告栗原太郎を解任することが実質上否決されたものとすることができる。

商法第二百五十七条第三項にいう「株主総会ニ於テ其ノ取締役ヲ解任スルコトヲ否決シタルトキ」とは、必ずしも形式的に完備した否決の総会決議が存在しなければならないことまで要求している趣旨ではないと解するのである。

六、被告会社の取締役である被告栗原太郎がその職務執行に関して為した不正、不法な行為は次のごとくである。即ち、

(イ)  昭和二十六年六月から昭和二十八年十一月までの間、被告会社が生産した銑鉄のうち約一〇%、合計一、六九二噸余、代金合計四〇、五八五、〇〇〇円余を会社帳簿に記入せず、これを被告栗原太郎の個人の別途勘定として会社から奪取し、以てこれをその擅用に委し、

(ロ)  昭和二十六年五月から昭和二十八年末頃までの間、会社の資産である流れ銑等合計三三六噸余、代金六、三三七、〇〇〇円余を会社帳簿より外し、これを被告栗原太郎の個人勘定に入れて、その擅用に委し、

(ハ)  昭和二十七年七月から昭和二十八年十一月までの間、原料調整スクラツプ合計九四三噸余、代金合計四、五二〇、〇〇〇円余を前同様会社財産から奪取して被告栗原太郎の擅用に委し、

(ニ)  訴外千代田生命保険株式会社と被告会社との間のグループ(団体)保険契約による保険金として、被告会社が昭和二十七年二月五日被告会社栃木工場工員訴外長谷川増次死亡による給付金(見舞金)一〇〇、〇〇〇円、昭和二十八年一月二十四日同工場工員訴外森川富夫死亡による保険金六〇〇、〇〇〇円、昭和二十九年二月十七日被告会社本社給仕訴外田中雅子死亡による保険金七〇〇、〇〇〇万円、以上合計一、四〇〇、〇〇〇円の交付を受けたのに、被告栗原太郎はいずれもこれを会社経理に入れしめず各死亡者遺族には金五、〇〇〇円乃至一〇、〇〇〇円の葬儀料を交付したのみで、その余はいずれも自己個人の別途勘定に入れてその擅用に委し、

(ホ)  訴外安田海上火災保険株式会社から被告会社は、昭和二十四年八月三十一日被告会社栃木工場火災による保険金一、二七六、〇〇〇円及び金四二七、〇〇〇円余を、また、昭和二十五年七月六日同八戸工場火災による保険金一、〇三二、〇〇〇円余を受領したのに、被告栗原太郎は、前同様、これを自己個人の勘定に入れてその擅用に委し、たものである。これ等の事実は、いずれも商法第二百五十七条第三項の、不正の行為又は法令若は定款に違反する重大な事実がある場合に該当すること明かである。

七、よつて原告は、被告会社及び被告栗原太郎の両名を相手方として、被告栗原太郎が被告会社の取締役たることを解任する、との判決を求めるため本訴請求に及んだ次第である。

このようにして陳述し、被告栗原太郎の主張事実に対し、被告会社は昭和三十一年二月十五日株主総会の決議によつて解散し、訴外西村太郎が清算人となり、同月二十三日その旨の登記を了したことは認める、と述べた。〈立証省略〉被告両名は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告の主張事実中、

(イ)  請求原因第一、第二項の各事実、

(ロ)  被告栗原太郎が昭和二十六年三月二十三日被告会社の取締役に選任せられ、後述するごとく、昭和三十一年二月十五日被告会社の解散によつて終任するまでその地位にあつたこと、

(ハ)  原告の東京地方裁判所に対する被告会社の株主総会招集の許可申請に対し、昭和二十九年九月十三日同裁判所が原告主張のごとき許可決定を為したこと、及び、原告が、その主張のごとく同年十月十二日と同年十一月二十二日の二回被告会社の臨時株主総会を招集したこと、並びに、

(ニ)  被告会社が同年十一月二十一日午後一時原告主張の場所で定時株主総会を開催し、原告主張の「株主馬淵新一氏(原告)の招集に係る臨時株主総会に関する経過その他会社の現況報告の件」を第三号議案として審議したこと、はいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

二、原告は、昭和二十九年十一月二十一日の定時株主総会において被告栗原太郎その他取締役全員を解任することが否決されたと主張する。しかし、

(イ)  右定時株主総会においては、前述の如く、第三号議案として「株主馬淵新一氏(原告)の招集に係る臨時株主総会に関する経過その他会社の現況報告の件」を上程審議したに止まり、被告栗原太郎を解任すべきか否かを議題として上程したこともないし、また議決否決したこともない。同総会招集に際しても、議事日程として、被告栗原太郎の取締役解任の件を通知していない。

(ロ)  更に、原告が右定時株主総会において、緊急動議として、「取締役全員解任の件、並に、右解任に伴う後任取締役選任の件」を提議した事実はない。仮に提議されたと仮定しても、それは単に提議したに止まり、右緊急動議の採択自体についてすら決議せられずに終つたこと原告の主張からすでに明かである。従つて、右緊急動議を提議した一事を捉えて取締役解任の議案が否決されたということはできない。なお、議長訴外藤中重三が右緊急動議を採決しないまゝ散会したのは、同総会における議事日程を全部終了したからであつて、かゝる場合散会を宣することは議長の正当な権限である。

(ハ)  のみならず、右定時株主総会を招集するに当り、被告会社には被告栗原太郎その他取締役全員の解任を内容とする議案を審議するための総会招集権がなかつた。即ち、被告会社が右定時株主総会を招集する以前すでに原告は「取締役全員解任の件、並に、右解任に伴う後任取締役選任の件」につき東京地方裁判所の総会招集許可決定を得ている。従つて、被告会社はこれと同一事項を審議するための総会招集権は右決定によつて消滅した。仮に被告会社が同一事項を審議するため総会を招集したとしても、かゝる総会は招集権限のない者の招集した総会であり、それに対する決議が形式上為されたとしてもそれは法律上総会の決議としては存在しないものである。

(ニ)  なお附言すると、原告が東京地方裁判所の総会招集許可決定に基いて招集した昭和二十九年十月十二日の臨時株主総会は、若干の株主に通知漏れがあつたため、若干の株主が参集しなかつたに止まり、総会自体は法律上存在していたものである。しかして同総会は成立しただけで審議に入らず流会になつたこと原告の主張どおりであるが、流会のためその目的事項たる「取締役全員解任の件、並に、右解任に伴う後任取締役選任の件」に対する決議は成立するに至らなかつたのであるから、これは即ち同議案が否決になつたと目すべきところ、本訴はその日から三十日を経過した後に提起されたものであるから不適法な訴というべきである。

と陳述したほか、被告栗原太郎において、

被告会社は昭和三十一年二月十五日株主総会の決議によつて解散し、訴外西村太郎が清算人となり、同月二十三日その旨の登記を了した。

従つて、被告会社の取締役であつた被告栗原太郎は解散によつて終任し、被告栗原太郎に対する原告の本件訴訟は訴の利益を欠くに至つた。

と陳述した。〈立証省略〉

理由

按ずるに、商法第二百五十七条第三項の規定は、取締役が職務執行に関し不正の行為その他同項所定の行為を為した場合、依然としてその地位に止まらしめることは不当であるとして、少数株主権による解任の訴を認めたもので、この訴の目的とするところは、現に取締役の地位にある者のその地位を剥奪すること自体にあり、それを超えて、例えば取締役の不正行為に基く損害賠償の請求その他の責任追及等とは直接的には交渉するところがなく、従つてこの訴は、解任せらるべき者が現に取締役の地位にある場合にのみ、訴の利益ありとして許容せらるべきであること多言を要しない。しかるところ、本件にあつては、被告大倉製鋼株式会社は昭和三十一年二月十五日株主総会の決議によつて解散し、訴外西村太郎が清算人となり、同月二十三日その旨の登記を了していることについて、原告と被告栗原太郎との間に争いがなく、被告大倉製鋼株式会社との間においてもまた右の事実が認められるのであるから、従つて、被告会社の取締役であつた被告栗原太郎は解散によつて当然終任したこと極めて明白である。しかる以上、被告栗原太郎が被告会社の取締役たることの解任を求める原告の本件訴訟は、すでに訴の利益を欠くに至つたものというべきである。

よつて、原告の本訴請求は、被告適格の問題その他爾余の論点に触れるまでもなく、失当としてこれを棄却することにし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅野啓蔵 高橋太郎 高林克己)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例